楠田枝里子は結婚歴がなく、旦那もいない!結婚願望がまったくない!

結婚しない理由は?

1974年に日本テレビのアナウンサーとしてデビューした楠田枝里子さん。初めてのテレビ出演では原稿をうまく読めなかったり、マイクの音量調整を間違えたりして、始末書を書くことが多かったそうです。そのため、日本テレビ在籍時はトーク番組のアシスタントやバラエティ番組の司会を主に担当していたようです。1981年に日本テレビを退社後は、フリーアナウンサーやタレント、エッセイストとして幅広く活躍。特に「なるほど!ザ・ワールド」や「世界まる見え!テレビ特捜部」などの長寿番組での出演が印象的です。

そんな楠田さんですが、これまで一度も結婚していません。彼女は175cmという高身長で知的な美しさを持っており、そのためか男性からのアプローチが少なかったのかもしれません。2017年12月1日に放送された「ビビット」で、彼女が結婚しない理由について語ったことがあります。

楠田さんは若い頃から結婚願望がなく、「人を愛することに契約書はいらない」と考えていたそうです。そのため、結婚という形式に強いこだわりを持たず、独身を貫いてきました。また、結婚によって生じる手続きや負担が全て女性に押し付けられることにも疑問を感じており、夫婦別姓が認められていない現状に対しても強い不満を抱いています。

これまで結婚歴がない楠田さんですが、交際歴が全くなかったわけではありません。過去にはプロポーズを受けたこともありましたが、結婚という形式に対するこだわりのなさから、「今の状態でダメなのか」と感じたそうです。結婚を考えることはあったものの、自分自身の状況を冷静に見つめ、結婚には至らなかったと語っています。

さらに、結婚後に女性が背負う負担についても懸念を示しています。長年第一線で活躍してきた楠田さんだからこそ、こうした女性の立場に関する問題に敏感になり、それを公に発言することで女性の地位向上に貢献しているのでしょう。

結論として、楠田枝里子さんは結婚歴がなく、生涯独身を貫いています。彼女が独身でいる理由としては、若い頃から結婚願望がなかったこと、愛に契約書は不要だと考えていること、そして結婚後の女性に対するデメリットが多いことが挙げられます。

今後、楠田さんにパートナーができる可能性はあるかもしれませんが、現在はその情報は確認されていません。

結婚にはデメリットが多い

楠田枝里子さんはさらに、結婚後に女性にかかる負担についても鋭く問題提起しています。特に、結婚に伴って女性が姓を変更しなければならないことや、それに伴う銀行口座や運転免許証の更新、その他の名義変更など、非常に多くの労力が女性に求められる点に強い疑問を感じていると語っています。

彼女は、「夫婦別姓がまだ認められていないのは、この国が遅れている証拠だ」と強く主張しています。また、「『一億総活躍社会』という言葉は耳障りが良いが、実際には女性にばかり負担や不利益が押し付けられている。結婚、子供、子育て、そして仕事と、すべてを求めるのはあまりにも欲張りすぎるのではないか」と、自らの持論を展開しました。

楠田枝里子さんは、結婚という社会的な形式や世間の期待にとらわれることなく、自分らしい生き方を追求してきました。その影響力は、これからも多くの女性に勇気を与え、女性の立場向上に大きく寄与することでしょう。

結婚する機会があった

楠田枝里子さんは「結婚なんてデメリットでメリットはない」と語りながらも、実は過去に一度だけ結婚を真剣に考えたことがあったそうです。これまで結婚歴はないものの、恋愛経験は豊富であり、「結婚」という形式に対してそれほどこだわりがなかったようです。

彼女が一度「結婚しても良いかな」と考えたのは、仕事がうまくいかず精神的に不安定だった時期でした。しかし、冷静に自身の状況を見つめ直し、その時点では結婚に踏み切ることはありませんでした。また、交際していた男性からプロポーズを受けた際には、「今のままではダメなのか」と感じ、結婚を選ばなかったそうです。楠田さんはその時、「結婚を逃げ場にしてはいけない」と自らを戒めたといいます。

現代では結婚せずに独身で生涯を過ごす人が増え、個人の生き方に対して他人が干渉しない風潮が広がっています。そのため、楠田さんのように自分らしい生き方を選ぶことがしやすい時代になったと言えるでしょう。楠田枝里子さんには、これからも愛猫と共に、自分の信じる道を進んでほしいですね。

楠田さんはまた、ドイツのバレエダンサーで振付師のピナ・バウシュさんに強い影響を受けた人物でもあります。1988年に初めてバウシュさんの舞台を観たことをきっかけに、彼女の熱烈なファンとなり、バウシュ本人とも親交を深めたそうです。この情熱が高じて、楠田さんは『ピナ・バウシュ中毒』という著書を発表しています。

ピナ・バウシュは、ドイツ表現主義舞踊の影響を受け、演劇的手法を取り入れた独自の舞踊芸術を展開しました。彼女のスタイルは「タンツ・テアター(ダンス演劇)」と呼ばれ、世界的に評価されています。楠田さんは、映画監督ヴィム・ヴェンダースがバウシュのドキュメンタリー映画『Pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を制作した際、その作品に深い感動を覚え、監督に花束を贈ったこともあります。

楠田枝里子さんの生き方や、彼女が敬愛するピナ・バウシュとのエピソードは、多くの人々に影響を与え続けています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です